守破離の次は天衣無縫???
昨日は早朝から深夜まで東京で打ち合わせをしたり、学んだり、指導を受けたり、充実の1日でした。
林業関係の団体組織では、久々にお会いする方々にもご挨拶でき、私と同世代の方々が幅広い地域で様々な施策をリードしているお話を受け、「私も頑張らなきゃ!」と、多くの刺激を頂いたり╰(*´︶`*)╯♡
その後も、師匠の元でチームビルディングを学ぶ仲間達と、近況や悩みの相談、研鑽の時間などなど、、、こちらの時間も多くの刺激と学びを頂きました。
そんな中で、チームビルディングの大先輩達と林業のコンサルティングに関するお話をしている時に
「こんなに追求していると、相談する相手が無くて孤独じゃない?」
というお話を頂きました。
正直、同じ目線で相談できる方がいなくて、孤独さを感じることは多くあります。
お客様である林業事業体の抱える悩みも年々高度になり、どうやって解決していけば良いのか、、、試行錯誤をくりかえしながら答えを探していく状況だというのが本音です。
ただ、嫌か?と言われれば嫌じゃ無いんですよね♪( ´θ`)
日本の伝統芸能や武道の世界では、古くからら「守破離」という表現で、上達し、熟練していく流れを説明する言葉があります。
以前、ブログで紹介した物事を理解し、上達していく流れを表す図に当てはめてみると、
・知らない→やってみる、が守の段階
・やってみる→できる、が破の段階
・できる→している、が離の段階
なのかな?なんて思います。
では、守破離の離の段階に辿り着いた人は、どういう表現がしっくりくるかなぁ???なんて考えていて、ふと、「天衣無縫」なんじゃないか、なんて思いました。
つまり、守破離を意識しているうちは修行の段階になるわけですが、考えず、当たり前のようにできている段階は、そもそも意識すらしていない、当たり前のようにできている=天衣無縫の段階、だというわけです。
組織づくりに当てはめて考えていくと、経営資源に限りがある中小企業の場合、適材適所ではなく適所適材で配置していくのが現実的ではないかと思います。
じゃあ、適材とは???と問われれば、「好きか嫌いか」が重要なんじゃないかと改めて思うわけですね。
好き≠能力がある
好き≠既ににできるだけの技術がある
好き≠役割を演じきれるだけの経験がある
だというのは理解しています。
現実的に、好きだと言っても経験が無い人をその役割に当てはめるほど余裕が無いという経営者の気持ちも痛いほど解ります。
一方で、好きじゃないと、できるの先にある壁を超えることはできません。
だって、恋愛と同じで、「好きだから相手を理解して、取り込もうという思いを自然に持つことができる」ワケじゃないですか(*^o^*)
好きだから仕事の時間以外でもその役割のことを考え、理解したいと思い、自分から調べ、工夫したいと考え、もっとうまくやりたいと貪欲に取り組むことができる、、、
きっと、漫然と取り組む人より成長ペースが圧倒的に早くなるんじゃないですかね?
そうやって考えると、どこかのタイミングで
「今やっていること」
に囚われず、好きな役割か嫌いな役割かで適所に配置していき、これまで以上に高付加価値化を図れる組織づくりを実現していくことが重要になってくるんじゃないかな、なんて思います。
(こうやってブログを書いていると、その前日にお客様に向けて、社員の配置、役割、組織図を大きく変えるような爆弾をぶつけたことを思い出しました、、、江越は破壊者です 笑)
で、冒頭の話に戻りますが、私は林業に恋をしています(ん?)
好きで好きでたまらないので、もっと知りたい、理解したい、追求したいと思い、色んなことを学んでいます。
私が今、守破離のどの段階にいるかは解りませんが、好きすぎて孤独感を強く意識したことはあまりありません。
それ以上に、もっと理解したい、もっと学びたいという気持ちが強かったりします。
今できていないこと、足りていないことはたくさんありますが、好きで追求する気持ちを持ち続けていれば、いつか当たり前のように林業経営に接することができている「天衣無縫」の状態になれるんじゃないかなぁ、、、なんちゃったり♪( ´θ`)